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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)926号 判決 1998年3月19日

平成七年(ネ)第九二六号事件被控訴人・同第二二四七号事件附帯控訴人(以下、「第一審原告正治」という。)

北村正治

平成七年(ネ)第一一九一号事件控訴人(以下、「第一審原告登代子」という。)

北村登代子

平成七年(ネ)第九二六号事件被控訴人・同第二二四七号事件附帯控訴人(以下、「第一審原告恵美子」という。)

北村恵美子

第一審原告ら訴訟代理人弁護士

小川達雄

岩佐英夫

久保哲夫

荒川英幸

稲村五男

小笠原伸児

近藤忠孝

高田良爾

高山利夫

平成七年(ネ)第九二六号事件控訴人・同第一一九一号事件被控訴人・同第二二四七号事件附帯被控訴人(以下、「第一審被告」という。)

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

河合裕行

他八名

主文

一  第一審原告正治の附帯控訴に基づき、原判決主文第三項の第一審原告正治に関する部分を次のとおり変更する。

1  第一審被告は、第一審原告正治に対し金二〇万円及びこれに対する平成四年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告正治のその余の請求(同第一審原告の請求中右1及び原判決主文第一項において認容した部分を除く請求部分)を棄却する。

二  第一審被告及び第一審原告登代子の各控訴並びに第一審原告恵美子の附帯控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を第一審原告らの、その余を第一審被告の各負担とする。

四  本判決主文第一項1は仮に執行することができる。

第一審被告は、第一審原告正治に金一〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の申立て

(平成七年(ネ)第九二六号事件)

一  控訴の趣旨(第一審被告)

1  原判決中、第一審被告敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告正治及び同恵美子の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告正治及び同恵美子の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁(第一審原告正治及び同恵美子)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は第一審被告の負担とする。

(平成七年(ネ)第一一九一号事件)

一  控訴の趣旨(第一審原告登代子)

1  原判決中、第一審原告登代子敗訴部分を取り消す。

2  第一審被告は、第一審原告登代子に対し、金五〇万円及びこれに対する平成四年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁(第一審被告)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は第一審原告登代子の負担とする。

3  仮執行免脱宣言。

(平成七年(ネ)第二二四七号事件)

一  附帯控訴の趣旨(第一審原告正治及び同恵美子)

1  原判決中、第一審原告正治及び同恵美子に関する部分を次のとおり変更する。

2  第一審被告は、第一審原告正治に対し金一〇〇万円、同恵美子に対し金五〇万円、及びこれらに対する平成四年三月三〇日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を各支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁(第一審被告)

1  本件附帯控訴をいずれも棄却する。

2  附帯控訴費用は第一審原告正治及び同恵美子の負担とする。

3  仮執行免脱宣言。

第二  本件事案の概要等

本件は、国税調査官らの第一審原告らに対する税務調査としてなした行為が所得税法第二三四条に定める質問検査権を濫用ないし免脱した違法なものであるとして、第一審原告らが、国家賠償法第一条第一項に基づき慰謝料の支払を求めた事案であるが、請求原因並びに請求原因に対する認否及び反論は、次に訂正、付加するほか、原判決「事実」中の「第二当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七丁表六、七行目の「上村泉(以下「上村」という。)」を「訴外吉門いづみ(旧姓上村。以下、「上村」という。)」と改める。

2  原判決一四丁裏二行目の「原告店舗に」を「第一審原告正治の京都店及び唐崎店の両店舗に同時に」と改める。

3  原判決一九丁裏二行目の「判断し」の次に「Mが」を加える。

4  原判決二九丁裏一〇行目冒頭から同三〇丁表五行目末尾までを次のとおり改める。

「課税庁としては、帳簿等の提示を拒否している納税者に対し青色申告の承認を直ちに取り消すことなく、税務調査の一環として、調査の過程・経過を説明しながら粘り強く帳簿等を提示するよう説得することは当然であり、国税調査官らが平成四年三月三〇日以降も唐崎店に臨場した行為は、その目的、態様、回数のいずれの点からしても社会通念上相当性を欠く点は認められず、税務調査として適法なものである。

国税調査官らが仕入れに向かう第一審原告正治を尾行したのは、平成四年三月三〇日の調査後、国税調査官らが何度も第一審原告正治に対し調査協力及び帳簿提示要求を行ったにもかかわらず、第一審原告正治が平成四年三月三〇日の調査の抗議に終始し、結果としてまったくこれに応じなかったため、仕入先を把握するためにやむを得ずとった行為であり違法ではない。」

第三  証拠の採否に関する第一審原告らの主張

乙第一五ないし第一八号証は、当審に提出されることを目的として、第一審被告職員が質問に応じて答えた体裁の「質問てん末書」なる書面であるが、右の各第一審被告職員は、証人申請されたものの採用に至らなかった者、あるいは証人申請すらされていなかった者である。

このような者の供述は、直接公開の法廷における証言の方法によってなされ、反対尋問にさらされることによってその真実性が担保されるが、右各質問てん末書は、右証拠法則を無視し、反対尋問権を敢えて侵して提出された書証であるから、著しく妥当性を欠く不当なものであり、これらを証拠として提出することは許されず、却下を求める。

理由

第一  請求原因1(当事者等)について

請求原告1(一)の事実は、争いのない事実及び証拠(原審証人北村日出子、第一審原告正治(原審)、同恵美子(原審)、同登代子(原審))によって認められる。

なお、右各証拠によれば、第一審原告恵美子及び同登代子は、第一審原告正治の青色事業専従者となっており、第一審原告正治の不在時には、第一審原告恵美子及び訴外日出子が京都店の、第一審原告登代子が唐崎店のそれぞれ責任者的立場にあることが認められる。

同1(二)の事実は、当事者間に争いがない。

第二  請求原因2に対する判断

一  京都店における違法行為について

前認定の事実、争いのない事実及び証拠(甲八、検甲一ないし三六、三七の1ないし4、三八ないし四六、四七の1ないし3、四八の1ないし4、六六、原審証人北村日出子、同N、同F、当審証人吉門いづみ、同K、第一審原告恵美子(原審))によれば、次の事実が認められる。

1  大阪国税局資料調査課に勤務する国税調査官であるN、F及びM、並びに下京税務署に勤務する国税調査官であるR及びKの五名は、平成四年三月三〇日午後〇時五五分ころ、第一審原告正治の税務調査のため京都店に臨場した。なお、国税調査官らは、右臨場に際して、第一審原告らに対して事前の連絡はしていなかった。

Nは、応対に出た訴外日出子に対し、同店の中央のレジ付近において、身分証明書を提示したうえ、国税調査に来たが第一審原告正治は在宅かどうかを尋ねたところ、訴外日出子は、第一審原告正治は大阪のほうに仕入れに出掛けて不在でありすぐに連絡をとることは無理である旨及び調査は日を改めて来てほしい旨を再三述べた。しかし、Nは、訴外日出子に対し更に税務調査に応じて欲しいとの説得を続け、その後両名は店の奥の方へ移動し、Nは、訴外日出子に対して従業員数、店舗数、外部販売の有無等について質問し、訴外日出子はこれらについては応答した、この間、同店にいた客数名が同店内から出ていった(なお、第一審原告らは、右の経過の中でNは大声で下品な口調で質問したと主張し、原審証人北村日出子及び当審証人吉門いづみの各証言中にはこれに沿うような供述部分も存在するが、一方、これを強く否定する原審証人Nの供述部分に格別不自然な点もみあたらず、また、本件全証拠を検討しても、他に右質問の際の具体的状況を認定するに足りる的確な証拠はないから、第一審原告らの右主張どおりの事実を認めるには至らない。)。

2  Nは、右の経過の中で、京都店二階が第一審原告恵美子及び訴外日出子の住居部分となっていることを知るに及び、訴外日出子に対し調査のため二階へ上がらせて欲しい旨再三に亘って説得を試みたが、訴外日出子は、二階はプライベートな部屋だから入ってもらっては困る旨を述べてこれを強く拒否し続けた(なお、第一審原告らは、Nは、右の説得の際に、訴外日出子に対して身分証明書を示し、「これがあれば何でもできるんや。」と申し向けた旨主張し、原審証人北村日出子の証言中にはこれに沿う供述部分が存在するが、この点についても、原審証人Nの証言に照らすと、Nが、右説得の際、訴外日出子に対して身分証明書及び質問検査章を示し、同検査章に書いてある税目については質問検査ができる旨を述べたことは認められるものの、Nが第一審原告らの主張する趣旨の乱暴な発言をしたとの事実までは認めることができない。)。

3  ところが、Nは、訴外日出子に対して二階へ上がらせて欲しい旨の説得を試みている最中、第一審原告恵美子が不意に二階へ上がって行くのを発見して不審を感じ、Fにその旨を目配せして二階へ上がるよう指示したところ、Fは、Nからの目配せの意味を察知して、第一審原告恵美子の後を追うようにして二階へ上がった。Fが二階へ行くと、二階では第一審原告恵美子がコタツの上の置いてあった売上メモを握りしめていたため、Fは、同第一審原告がこれを隠蔽するのではないかと危惧し、同第一審原告に対して右売上メモの提示を強く求め、同第一審原告から右売上メモを奪うようにして取り上げた(なお、この点に関して、原審証人Fは「そのメモの紙片を持ちましたところ、お母さん(第一審原告恵美子)のほうからメモを離していただきました。」と供述するが、原審証人Fの右供述部分は、その前後の状況についての同証人の供述内容からみて極めて不自然なものであり、同供述部分は採用できない。)。Fは、第一審原告恵美子が同じくコタツの上に置いてあった売上集計表を隠そうとしたので、これを取り上げ、さらに、第一審原告恵美子がベッドの陰のほうに何かを隠すような不審な行動をしたと感じたことから、箱様の篭をさがし、その中に入っていた納品書及び請求書類を発見した(なお、以上の点に関して、第一審原告らは、第一審原告恵美子に続いて二階へ上がり、売上メモや売上集計表を取り上げたのはNである旨主張し、原審証人北村日出子の証言中には同旨の供述部分が存在するが、この点に関する原審証人N及び同Fの各供述部分は具体的かつ詳細であり、不自然なところや相互に矛盾したところもないから、これと抵触する原審証人北村日出子の右供述部分は採用できない。また、第一審原告恵美子は、原審における本人尋問において、同第一審原告は仏壇を拝みに行くために二階へ上がったものであり、売上集計表といわれている類いの書類等を隠そうとしたことはない旨供述するが、同第一審原告の供述において、仏壇を拝むために二階へ上がってきたにもかかわらず、まず、コタツの上の売上メモに手をやったというのはいかにも不自然な行動であって、同第一審原告の右供述部分は採用し難い。)。

4  その後、Fは、Nに対し、「おい、N君、二階に上がってくれるか。売上げに関するメモがあるんや。」と声をかけたため、Nは、右呼びかけに応じて二階へ上がって行き、訴外日出子もNに続いて二階へ上がった、また、R、M及びKも、この頃、二階へ上がった。Nは、Fの取り上げた売上メモや売上集計表以外にも京都店の営業に関する帳簿類などが二階の居室及び寝室に隠されているのではないかとの疑念を抱き、Mらに指示して、二階にあったタンスやベッドの下の引出しの中などを検査したところ、タンスの上に置いてあった丸い空き缶の中からは二〇万円程度の現金(第一審原告恵美子が旧紙幣をコレクションとして収集したもの)を、また、タンスの引き出しの中からは多数の預金通帳や有価証券預り証などが保管されているのを、さらに、ベッドの下の引出しの中からはバッグ二、三個と財布二、三個が保管されているのを発見した。なお、Nらは、タンスやベッドの引出しを検査した際、第一審原告恵美子の強い制止にもかかわらず、ベッドの下の第一審原告恵美子の下着が入っている引出しに手を入れてかき回した(この点につき、第一審被告は、タンス及びベッドの下の引出しの検査については、Mが第一審原告恵美子に「部屋の中を確認させてもらいますよ。」と声をかけて、黙示の同意を得たと主張し、原審証人N及び同Fの各証言中には右主張に沿う供述部分も存するが、右認定のとおり、Nらは、二階へ上がるについても訴外日出子から再三に亘り拒絶されたにもかかわらず、承諾を得ずに二階へ上がったものであって、このようなNらの一連の行為態様から推察して、この時だけ第一審原告恵美子の承諾を得たものとは考え難く、承諾を得たとの原審証人N及び同F右各供述部分は措信し難く、第一審被告の主張は採用できない。なお、第一審被告は、第一審原告恵美子らの同意があったことを裏付ける事実として、第一審原告恵美子が自らタンスの開き戸を開けるなど協力的であった旨主張するが、これについては、第一審原告恵美子が、原審における本人尋問において、Rにタンスを壊されるかと思って自分で開けたものであってNらの調査に協力したわけではない旨弁解するところ、右弁解に格別不合理、不自然なところはないので、第一審原告恵美子がタンスの開き戸を開けたからといって、第一審原告恵美子らがNらの調査を黙示的に承諾したことの証左とはならない。また、第一審被告は、ベッドの下の引出しの中から第一審原告恵美子の下着などは断じて取り出していない旨主張するところ、前掲各証拠を総合すれば、Nらは、タンスやベッドの引出しを検査した際、ベッドの下の引出しの中から第一審原告恵美子の下着などを取り出すまではしなかったにしても、第一審原告恵美子の強い制止にもかかわらず、第一審原告恵美子の下着が入っている引出しに手を入れてかき回した事実が認められるものである。)。

5  二階で右調査が行われているころ、Kが一階へ降りて、京都店のレジの金銭調査を行った。右調査は、その場にいたパート従業員である上村に指示してレジの中の現金の金額を数えさせる方法で行われた。右調査において、上村は、Kから現金を数えるようにとの指示が命令口調であったため、これに従わなければならないと思って従ったものであって、少なくとも進んで調査に応じたものではなかった。また、右調査は、第一審原告恵美子及び訴外日出子の承諾を得ずになされたものであった。Kは、その後、レジ下の引出し(レジを置いた机の引出し)を持って二階に上がり、引出しの中の帳簿類の調査をしたが、レジ下の引出しをレジを置いてある場所から持ち出すについても、上村や第一審原告恵美子及び訴外日出子の承諾を得ることはしていない。

二  唐崎店における違法行為について

前認定の事実、争いのない事実及び証拠(甲九、一〇、一六、検甲四九ないし六五、六七ないし七八、七九ないし八一の各1、2、八二ないし八七、原審及び当審証人寺本久美子、同H、当審証人東憲一、同W、第一審原告登代子(原審及び当審)、第一審原告正治(原審))によれば、次の事実が認められる。

1  大阪国税局資料調査課に勤務する国税調査官であるH及びF、並びに下京税務署に勤務する国税調査官であるWの三名は、京都店と同じ平成四年三月三〇日午後一時ころ、第一審原告正治の税務調査のため唐崎店に臨場したが、同店に対する税務調査も、事前の連絡をせず、突然臨場して行ったものであった。

Hらが臨場したとき、第一審原告登代子はレジから離れて店の中央付近にいたが、Hは、第一審原告登代子が第一審原告正治の妻であるのを確かめたうえ、身分証明書を提示して、第一審原告正治がいるかどうかを尋ねた、これに対して、第一審原告登代子は、第一審原告正治が不在であり連絡がとれないことをHに告げた。そこで、Hらは、第一審原告登代子に対して質問することによって税務調査を行うこととし、夫(第一審原告正治)がいないから分からないので、出直してほしい旨述べて対応に苦慮する第一審原告登代子に対し、Hは、再三に亘り妻である第一審原告登代子に分かる範囲でよいから、調査に協力するよう告げて、調査への協力を求めた。その後、Hら及び第一審原告登代子は、店の出口付近の隅にあるレジ付近に移動し、Hらは、第一審原告登代子に幾つかの質問をするのと同時に、レジ下の引出し(レジを置いた机の引出し)及びレジ付近の屑入れの中をさがし、引出しから未使用の領収証綴り、返品伝票代わりに使用している納品伝票綴りを、また屑入れから客が受け取らずに置いていったレシートなどを見つけて取り出し、かつ、レジの横の陳列篭の上に置いてあった大学ノート(唐崎店と同様にシーダー21に出店している店舗の従業員や唐崎店の常連客に対するごく一時的な掛け売りを記載したもの)を取り上げ、これらをレジ付近で点検した、Hらは、右引き出し、屑入れをさがし、右未使用の領収証綴り等を点検するについて第一審原告登代子の承諾を得ることはしなかった。この段階では、第一審原告登代子は、Hらの質問に対して口頭で答える程度の協力はしたが、それ以上にHらの調査に協力する態度は示さなかった。ただ、Hらの調査を拒否すると不利なことになると考えたことから、右引出し等及びその在中物等の点検調査に対して積極的、明示的に拒否することまではしなかった(なお、第一審原告らは、レジ下の引出しと屑入れの検査について、第一審原告登代子がHらに対して何度も大きな声で「やめて下さい。」と述べて明示的に調査を拒否した旨主張し、第一審原告登代子も、原審及び当審での本人尋問において、右主張に沿う供述をする。しかし、右検査が特に第一審原告登代子自身のプライバシーの侵害を招来するものではないことや、後述認定のとおり、その後のことではあるが、第一審原告登代子は、レジの小計を出してほしいとのHからの依頼に応じて点検キーを押してレジの小計を出し、また、現金とレジの中に入っているレシートの確認をして欲しいとのHからの依頼に応じてレジの中のロール紙を取り出してHに渡し、現金と照合できるようにするなどしており、このような同第一審原告のその後の態度からしても、同第一審原告がHらの調査を繰り返し明示的に拒否したものとまでは認め難い。ただし、第一審原告登代子が右引出し等及びその在中物等の調査を承諾したといえないことも、右認定の事実から窺えるところであるが、この点については、左記2以下の事情も併せて、後記第三の二2において判断する。)。

2  Hらが右レジ付近で右1の調査をしている際の午後一時二〇分ころ、パート従業員である訴外寺本が昼食から戻り、訴外寺本の私物であるバッグをレジの奥に置こうとしたところ、レジ付近にHらがいて様子がいつもと違うのでそのまま化粧を直すために奥の方へ行ったが、レジの方も気になるのでまた戻ってきたりしていた。そうしているうちに、Wは、訴外寺本のバッグを見つけ、「それは何や、見せろ。」と詰問し、訴外寺本が繰り返し拒否したのも押し切って、半ば強引にバッグを取って中を開け、在中物を調べた。そして中にあった手帳まで取り出して頁をめくって見始めたので、訴外寺本が「私のや。」と言ってWの手からバッグと手帳を取り返した(この点に関し、第一審被告は、訴外寺本の承諾を得てバッグの中身を調べた旨主張し、当審証人W及び原審証人Hの各証言中にはこれに沿う供述部分が存在するものの、この点に原審及び当審証人寺本久美子の供述内容は、訴外寺本が唐崎店へ戻った直接の行動に関する部分について若干記憶に曖昧な点があることを除き、重要な部分、すなわちWがバッグを取り上げた状況、その在中物の検査を開始した状況、及び訴外寺本がWの手からバッグと手帳を取り返した状況に関する部分において、具体的かつ大筋において一貫性のあるものであって、信用に値するものであり、また、Wがバッグの在中物を調べている途中で訴外寺本がWの手からバッグと手帳を取り返した事実から推察しても、Wが訴外寺本の承諾を得てバッグの中身を調べたものとは到底認められないから、この点に関する当審証人W及び原審証人Hの各供述部分は措信し難く、右第一審被告の主張を採用することはできない。)。

3  ところで、右1のレジ付近における調査が始められてからしばらくして、民商職員の東憲一から唐崎店に電話がかけられた。この電話に出た第一審原告登代子が唐崎店に税務職員が来て調査している旨説明したのに対し、東は、任意調査ならば営業主である第一審原告正治がいるときにしてもらえばよいので、税務職員にはとりあえず引き揚げてもらうように言えばよい、などの助言をしたが、このときには、第一審原告登代子は、Hらに対して明示的に調査を拒否するまでのことはせず、Hらの質問に応じる程度のことは続けた。その後、Hは、第一審原告登代子に対し、レジの操作方法や前日、当日の売上げの確認方法について質問し、同第一審原告の応答に基づき、当日の売上げと現金の照合等のため、レジの点検キーを押してレジの小計を出して見せてほしい旨を同第一審原告に依頼した。第一審原告登代子は、点検キーを押すとその時点以降の営業中におけるレジを打つことができなくなることを理由にHの求めに応じることに難色を示したが、Hが同様の依頼を続けたことから、第一審原告正治に相談しようとして、夫に連絡したい旨を述べ、Hの了承を得て、第一審原告正治が出向くであろう大阪の仕入れ先と思われる場所に電話をかけ、同第一審原告がそこに出向いた際に唐崎店に連絡するよう伝言してほしい旨依頼し、同第一審原告からの連絡を待った。その間に、東から再度電話がかかり(この電話に出た第一審原告登代子は、東との間で格別の話をしていない。)、次いでまもなく、第一審原告正治から電話がかかった。第一審原告正治からの電話には、Hが第一審原告登代子に代わって通話し、第一審原告正治に対して唐崎店における調査への協力を要請したが、第一審原告正治は、Hに対しては調査の諾否を明らかに返答しないまま、再びHに代わって電話に出た第一審原告登代子に税務職員には早く帰ってもらうよう指示した。しかし、第一審原告登代子はHらに格別の申し出をせず、Hのレジの小計を出してほしい旨の依頼に応じる形で点検キーを押してレジの小計を出し、また、Hが現金とレジの中でレジペーパーの確認を同第一審原告に頼んだのに対しても、レジからレジペーパーを取り出してHに渡し、現金と照合できるようにした。

右レジの点検キーを押しての調査を行うのと相前後して、Hが、レジの横の棚に置いてあるバッグが第一審原告登代子のものであることを知って、その確認をさせてほしい旨を第一審原告登代子に申し出た。第一審原告登代子は、そのバッグに男性の目に触れさせたくない女性用品が入っていたため、申出を断ったが、Hの求めに押される形で、女性用品を取り出して自己のポケットに入れた後、バッグをHに差し出した。そこで、Hは右バッグの中を検査し、預金通帳等を取り出してその記載内容等を確認した後、そのバッグを第一審原告登代子に返還した。

これらの調査が終わるころに、民商職員の坂本(女性)が、唐崎店に二回電話をかけ、電話に出た第一審原告登代子にその時点での調査の状況を尋ねるとともに、税務職員には早く帰ってもらいたいと言うよう助言した。なお、前記の東から電話のうち一回、及び坂本からの電話のうち一回には、Hも電話に出ているが、その際、東及び坂本はHに唐崎店から早く引き揚げるよう述べている。ところで、坂本からの(おそらく第一回目の)電話の後、第一審原告登代子はHらに改めて身分証明書の提示を求めてこれを確かめたうえ、Hに「もう帰って下さい。」と強く述べ、調査協力要請を明確に拒否するようになったので、Hらはその日の調査を終え、唐崎店を退出した。

三  その他の不法行為について

証拠(甲二六の一、二、二九ないし三一、検甲五八ないし六一、八八ないし九五、原審及び当審証人H、第一審原告登代子(当審)、第一審原告正治(原審及び当審))によれば、次の事実が認められる。

1  国税調査官らの平成四年三月三〇日に行った京都店及び唐崎店での税務調査に対し、第一審原告恵美子及び訴外日出子は、同日の前記各調査のあった直後に下京税務署に赴き、同税務署のE総務課長に対して抗議を行った。また、第一審原告正治も、翌三一日から同年一二月下旬までの間、国税調査官らの平成四年三月三〇日に行った京都店及び唐崎店での税務調査に関し、下京税務署に対して頻繁に抗議や請願を行い、国税庁や大阪国税局に対しても抗議や請願を行った。

一方、国税調査官らは、平成四年三月三〇日の調査後、下京税務署、国税庁や大阪国税局に対する抗議や請願が第一審原告正治らから続いている期間中も、京都店または唐崎店に一〇回程度臨場したが、その具体的な状況は次のとおりである。

(一) Nは、平成四年三月三一日朝方、京都店に電話を掛け、電話の応対に出た第一審原告正治に対し、税務調査のため同年四月一日に二名で臨場するので(なお、当審証人Hは、電話で通知をした臨場の人数は三名である旨供述するが、第一審原告正治は、当審における本人尋問に対し、電話で通知を受けた臨場の人数は二名である旨供述し、また、右本人尋問の結果によれば、第一審原告正治は、Nらが臨場した際、前日の通知と人数が異なる点も抗議した事実が認められるので、通知した人数の点に関する当審証人Hの供述部分は措信できない。)帳簿書類を提示できるように用意しておいて欲しい旨を通知したうえ、翌四月一日午前一〇時ころ、H及び大阪国税局に勤務する国税調査官であるBとともに、第一審原告正治の税務調査のため京都店に臨場した。ところが、京都店には、第一審原告正治及びその家族のほか、六、七名の部外者が待機しており、第一審原告正治は、部外者を退席させてほしいとのNらの要望を拒絶し、平成四年三月三〇日に行われた調査が違法調査であったことを認めて謝罪した後でなければ調査に応じることはできない旨を述べたため、Nらは、税務調査を行うことは困難であると判断して、京都店を退出した。

(二) H、W及び大阪国税局に勤務する国税調査官であるSは、平成四年四月一四日午後一時ころ、事前通知をすることなく、第一審原告正治の税務調査のため唐崎店に臨場した。なお、Hらが事前通知をしなかったのは、事前通知をすると、前回の京都店の税務調査と同様、事前通知をした場合に予測される部外者の待機を回避したいと考えてのことであった。

Hらは、銀行等の反面調査によって第一審原告正治に帰属すると認められる四億円を越える預金・債券等が存在することを把握していたことから、第一審原告正治に対し、これらの多額の資産形式の経緯の説明を求めたが、第一審原告正治は、「今日は忙しいので帰ってくれ。」と言うのみで、その返答を拒否した。Hらは、それ以上の税務調査は困難であると判断し、帳簿等の提示に協力してもらえるのであればHまで連絡を欲しい旨を第一審原告正治に申し述べて、唐崎店を退出した。

(三) H、N及びWは、平成四年四月二一日午後、前回同様に事前通知をすることなく、唐崎店に臨場した。Hらの同日の臨場の主たる目的は、第一審原告正治に対し、青色申告の承認を受けている者は帳簿等の提示が義務つけられていることを説明し、調査に協力するよう説得することにあった。これに対し、第一審原告正治は、平成四年三月三〇日に行われた調査が違法調査であったことを認めて謝罪した後でなければ調査に応じることはできない旨を述べ、さらにHらの発言を録音するためにテープレコーダーを回し始めたため、Hらは、それ以上の説得は困難であると判断して、一〇分程度で唐崎店を退出した。

(四) H及びNは、平成四年五月一日午後、前回同様に事前通知をすることなく、唐崎店に臨場した。Hらは、第一審原告正治に対し、帳簿等の提示のない状態が続くと青色申告承認が取消しとなる旨を述べて、調査に協力するよう説得に努めたが、第一審原告正治は、前回と同様、平成四年三月三〇日に行われた調査が違法調査であったことを認めて謝罪した後でなければ調査に応じることはできない旨を述べ、さらにHらの発言を録音するためにテープレコーダーを回し始めたため、Hらは、それ以上の説得は困難であると判断して、一〇分程度で唐崎店を退出した。

(五) H及びNは、平成四年五月一四日午前一〇時ころ、唐崎店の二回にあるシーダー21協同組合の事務所を訪れ、同組合理事長に対し、第一審原告正治の税務調査の反面調査を実施した。第一審原告正治は、右同日、同組合理事として右反面調査に立ち会った。Hらは、右反面調査終了後、第一審原告正治に対して調査に協力するよう説得するため唐崎店に臨場しようとしたが、第一審原告正治に臨場を拒絶されて臨場を断念した(なお、第一審原告正治は、当審における本人尋問において、右同日、同組合事務所から唐崎店に至る階段の途中において、Nが段階の上から第一審原告正治に勢いよく追ってきて「帳面出せ、帳面出せ。」と大声で連呼して脅迫する態度に出たため、第一審原告正治はHらの唐崎店への入店を拒否した旨、及び、Nは、「こんなことしておったら、青色取り消して税金たこうなる。払うのはあんたや。民商でない。」などと暴言を吐いた旨供述するが、右供述内容からみて、Hらの右同日における第一審原告正治に対する調査協力の要請がかなり強引で嫌悪感を与えるものであったであろうことは窺われるものの、右供述のみによって、Hらの右同日における調査協力要請の具体的態様を認定することは困難であるうえ、他に右供述を裏付けるに足りる証拠もない。)。

(六) H及び下京税務署に勤務する国税調査官であるOは、平成四年五月二八日午前中、事前通知をすることなく唐崎店に臨場し、調査に協力するよう説得に努めたが、第一審原告正治は、前回と同様、平成四年三月三〇日に行われた調査が違法調査であったことを認めて謝罪した後でなければ調査に応じることはできない旨を述べたため、Hらは、それ以上の説得は困難であると判断して、一〇分程度で唐崎店を退出した。

(七) H及び下京税務署に勤務する国税調査官であるAは、平成四年六月五日午前一〇時四〇分ころ、事前通知をすることなく、平成四年六月一一日までに青色申告に必要な帳簿書類を下京税務署に持参して提示して欲しいこと及び同日までに提示がない場合には青色申告の承認が取り消されることなどを記載した注意書を持参して唐崎店に臨場した。Hが、第一審原告登代子に対して第一審原告正治の所在を尋ねたところ、第一審原告登代子は、主人は仕入れに出て不在であるから帰ってほしい旨返答した。そこで、Aは、Hと相談のうえ、唐崎店レジ付近において、第一審原告登代子の面前で右注意書を店中に聞こえるような大声で読み上げた後これを同第一審原告に交付し、その後、Hらは唐崎店を退出した(この点に関し、当審証人Hは、Aが第一審原告登代子に注意書を差し出すと、同第一審原告が受取りを拒否するような姿勢を示したので、Aと相談した結果、同第一審原告に内容を読み聞かせて渡そうと考え、Aが内容を要約した形で説明したものであり、その声の大きさも一メートルぐらい前の人に話し掛ける程度の声であった旨供述するが、右供述においては、第一審原告登代子が受取りを拒否したとする具体的な言辞も明確でないうえ、仮に同第一審原告が受取りを拒否していたのであれば、前の人に話し掛ける程度の声で内容を説明したとしても同第一審原告がその説明を素直に聞くことは期待できないところであって、効果的な対応とも思われないから、同証人の右供述部分は措信できないといわざるを得ない。)。

(八) 第一審原告正治は、右注意書に記載された平成四年六月一一日になっても帳簿等の提示をしなかった。

そこで、H及びOは、同年同月一六日午前一〇時四〇分ころ、青色申告の承認を取り消す手続を進めるに当たって帳簿等を提示できないような正当事由の有無を再度確かめる目的で唐崎店に臨場し、第一審原告正治に帳簿等の提示を改めて要請したが、第一審原告正治は、前回と同様、平成四年三月三〇日に行われた調査が違法調査であることを認めて謝罪した後でなければ調査に応じることはできない旨を述べたため、Hらは一〇分程度で唐崎店を退出した。

一方、第一審原告正治は、平成四年七月一五日、国税調査官らの本件税務調査を違法として慰謝料を請求する本件訴訟を提起した。

(九) その後、第一審原告正治の税務調査を担当する国税調査官が交替になり、新たに第一審原告正治の税務調査を担当することになった大阪国税局に勤務する国税調査官であるD他二名は、平成四年一二月一日、事前通知のうえ唐崎店に臨場した。Dらが第一審原告正治に帳簿等の提示を求めたのに対し、第一審原告正治は、年内は忙しいから年が明けてからにして欲しい旨を前日の通知の際に述べてその了解を得ているはずであること、今日は忙しいから帰ってほしいことなどを述べた。そこで、Dらは平成四年一二月四日までに帳簿書類を下京税務署に持参して提示して欲しいこと及び同日までに提示がない場合には青色申告の承認を取り消して更正処分をする旨を告げて、唐崎店を退出した。

(一〇) 第一審原告正治は、平成四年一二月四日になっても帳簿等の提示をしなかった。

そこで、D他二名は、同年同月八日、唐崎店に臨場し、第一審原告正治に帳簿等の提示を改めて要請したが、第一審原告正治は、平成四年三月三〇日に行われた調査が違法調査であったことを認めて謝罪した後でなければ調査に応じることはできない旨を述べたため、青色申告の承認を取り消して更正処分をする旨を告げて、唐崎店を退出した。

(一一) D他二名は、同年同月一五日、事前通知なく唐崎店に臨場し、第一審原告正治に対し、帳簿等の提示がないので青色申告の承認を取り消して更正処分をせざるを得ない旨を説明したうえ、修正申告に応じる意思があるかを問い質したが、第一審原告正治はこれに返答しようとしなかった。

2  国税調査官らは、平成四年三月三〇日の調査後、右京都店または唐崎店への臨場とは別に、次のとおり、第一審原告正治の運転する車に対する尾行を行った(なお、第一審原告らは、国税調査官らの第一審原告正治に対する尾行は数回あり、第一審原告正治はそのうち三回の尾行を明瞭に意識した旨主張するが、証拠により具体的な尾行の事実が認められるのは、次の二回である。)。

(一) H及びNは、平成四年四月二八日、第一審原告正治の自宅から仕入先に向かう第一審原告正治運転の車を尾行した。第一審原告正治は、自宅を出たころから尾行には薄々気が付いていたが、名神高速道路及び阪神高速道路を経由して、大阪市内の本町ランプで高速道路を降りる際に尾行する車に乗車しているのがH及びNであることを確認できたため、その後しばらく車を走行して第一審原告の仕入先問屋の駐車場で停車した際に、Hらに対し「犯罪捜査でもしてるんか。」と述べて尾行に対する抗議をしたが、Hらは、その抗議を無視してなおも尾行を続行した。Hらは、その後間もなくして第一審原告正治運転の車を見失ったため、尾行を中止した。

(二) 大阪国税局資料調査課に勤務する国税調査官であるIは、平成四年一一月九日、第一審原告正治の自宅から仕入先に向かう第一審原告正治運転の車を尾行した。第一審原告正治は、大阪市内の路上において、右尾行していたIの運転する車の進路を塞いで停止させ、Iらに対して右尾行を強く抗議したため、Iらは尾行を中止した。

第三  請求原因3(一)に対する判断

一  税務調査における質問検査権について、まず検討する。

1  質問検査権の意義

所得税の終局的な賦課徴収にいたる過程においては、更正、決定の場合のみでなく、申請、申告等に対する許否の処分のほか、税務署その他の税務官署による一定の処分のなされるべきことが法令上規定され、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項については、それらの認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然許容するところと解すべきものであるところ、所得税法二三四条一項の規定は、国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要があると判断される場合には、前記職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨である(最高裁判所第三小法廷昭和四八年七月一〇日決定(刑集二七巻七号一二〇五頁))。

ところで、税務職員による右質問検査権の行使は、当該職員の質問に対して答弁をせず若しくは偽りの答弁をし、または検査を拒み、妨げ若しくは忌避したことに対して一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処せられる(所得税法二四二条八号)という制裁の下に、相手方は質問検査を受忍することを間接的心理的に強制されているものであって、相手方において質問検査に応じる義務があることを前提とするものではあるが、相手方においてあえて質問検査を受忍しない場合にはそれ以上直接的物理的に強制し得ないという意味において、国税犯則取締法の規定に基づき裁判所が行う臨検、捜索または差押、あるいは裁判所の許可を得て収税官吏が行う臨検、捜索または差押等の強制調査とは異なり、任意調査の一種である。

2  質問検査権行使の要件に関する判断

(一) 税務職員の有する質問検査権は、所得税の適正、公平な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するための制度、手続として認められたものであるから、所得税法二三四条一項に規定する「調査について必要があるとき」とは、権限のある税務職員において、具体的事情に鑑みて客観的な必要があると判断する場合をいうものであり、確定申告後に行われる所得税に関する調査については、確定申告にかかる課税標準または税額等が過少である等の疑いが認められる場合に限られず、広く右申告の適否、すなわち申告の真実性、正確性を調査するために必要がある場合を含むものと解すべきである。

(二) 次に、右質問検査権の具体的な行使における質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない(前掲最高裁判所第三小法廷昭和四八年七月一〇日決定)。

なお、第一審原告らは、本件税務調査について、事前通知の励行がなかった点に違法が存する旨主張する。確かに、税務調査の円滑な遂行という観点からは、予め事前通知をしておいて納税者の理解を得るのが望ましいことはいうまでもないが、事前通知は法令上要請されるものではなく、事案によっては事前通知をしていては調査の目的を達しえない場合も予想され、また、事前通知を励行しないことによる納税者側の損失は事前通知がなされないことによって事前準備ができないことに尽き、その他質問検査の対象、内容については事前通知を励行した場合と異なるところはないから、事前通知がないとの一事をもって社会通念上相当性を逸脱したものと評価することはできない。

(三) 所得税法二三四条一項一号における税務職員の質問検査権行使の相手方は、納税義務者本人のみでなく、その業務に従事する家族、従業員等をも含むものと解すべきである。質問検査権行使の相手方を右条項の文言どおり厳格に解し、納税義務者本人に限定すると、場合により業務の実態の正確な把握ができなくなるおそれを生じ、納税義務者本人が不在の場合には質問検査権の行使が全くできなくなるなど、質問検査の実効性が失われる結果を招来することになるうえ、右のように解しても、別段納税義務者本人に不利益を課すものでもない。なお、同法二四四条一項の罰則の規定も、このような解釈を前提とするものと解される。

ところで、税務職員による質問検査権の行使は任意調査の一種であると解すべきことは前示のとおりであるから、その行使に際しては相手方の承諾を要するものであるところ、その承諾は必ずしも明示の承諾に限られるものではなく、場合によっては黙示の承諾も許されるものと解するのが相当である。ただし、質問検査権行使の相手方が、納税義務者本人ではなく、納税義務者本人の業務に従事する家族、従業員等である場合には、右質問検査権の行使が納税義務者本人の承諾が得られないことを回避する手段、目的でなされることのないよう特別の配慮をすることが望ましく、したがって、納税義務者本人の事前の承諾が得られていない場合における納税義務者本人の業務に従事する家族、従業員等による黙示の承諾の有無については、その具体的状況を勘案したうえで、慎重に判断する必要がある。

二  以上の見解に基づいて、国税調査官らの行った前認定の各行為の違法性について、順次判断する。

1  京都店における行為について

(一) 前認定にかかる国税調査官らの行為のうち、国税調査官らが事前連絡なしに京都店に臨場した点に違法は認められず、Nが、調査は日を改めて来てほしい旨を再三述べた訴外日出子に対し、税務調査に応じて欲しいとの説得を続け、さらに、調査のため二階へ上がらせて欲しい旨再三に亘って説得を試みた行為は、いずれも質問検査権の行使それ自体ではなく、質問検査に応じるように説得するための行為であるところ、質問検査は任意調査であるところから調査の相手方の積極的協力が得られないことも多く、そのような場合、調査の必要性及び質問検査に対する相手方の受忍義務などを説明して説得に努めることは調査担当者の当然の職務行為であり、右説得行為が時間をかけた粘り強いものになることも許容されるところであり、右各行為は、いずれも社会通念上相当の範囲内にある適法な行為であると認めるのが相当である。なお、この点について、第一審原告らは、国税調査官らが、第一審原告正治が不在であるのに予め計画的に第一審原告正治の京都店及び唐崎店の両店舗に同時に臨場して共同して行われ、あたかも強制調査と誤信させて税務調査を訴外日出子に容認させようとしたことに違法性があると主張するが、第一審原告正治が不在であるのに予め計画的に第一審原告正治の京都店及び唐崎店の両店舗に同時に臨場して共同して行ったことを認めるに足りる証拠は存在しないうえ、前認定の事実によれば、Nらは、第一審原告正治の在宅を期待して京都店に臨場したものであることが窺われること、また、訴外日出子は、Nから二階へ上がることの承諾を求められたのに対し、これを拒否し続けていたものであって、強制調査と誤信したものとは考えられないことなどからみて、第一審原告らの右主張は理由がない。

次に、前認定にかかる国税調査官らの行為のうち、Nが、訴外日出子に対し、従業員数、店舗数、外部販売の有無等について質問をして応答を得た行為は、質問検査権の行使に該当する行為であるが、訴外日出子としては、このような税務調査に応じるつもりがないのであれば、これらの質問に対する返答を拒むことによって容易にその意思を表明し得るものであるところ、訴外日出子がこれらの質問に対して返答を拒むことなく応答したものであることは前認定のとおりであるから、Nの右質問検査権の行使に対しては訴外日出子の任意の承諾があったものと認めるのが相当であり、Nの右質問検査権の行使は適法なものというべきである。

(二) 次に、前認定にかかる国税調査官らの行為のうち、Fが、第一審原告恵美子の後を追うようにして二階へ上がった行為の違法性について検討する。

前認定の事実によれば、Fの右行為は、Nが、訴外日出子に対して調査のため二階へ上がらせて欲しい旨再三に亘って説得を試みたが、訴外日出子は、二階はプラベートな部屋だから入ってもらっては困る旨を述べてこれを強く拒否し続けていた最中の行為であり、その際、Fが第一審原告恵美子ないし訴外日出子から二階へ上がることの承諾を得ていないことは明らかであるところ(仮に、第一審被告主張のように、Nの目配せを受けたFが、「二階へ上がらせてもらいますよ。」と声をかけて二階へ上がり、それに対して第一審原告恵美子も訴外日出子もこれを制止しなかったとしても、それまで、Nが訴外日出子に対し再三に亘って二階へ上がらせるよう要求したにもかかわらず、訴外日出子は右要求を拒否し続けていたことや、二階部分は、アコーディオンカーテンにより店舗部分とは一見して明白に区分された第一審原告恵美子及び訴外日出子の居住部分であって(検甲二一ないし二七)、プライバシーの保護がより重要視される場所であり、まして女性二人の居住部分であり、見知らぬ男性の臨場を好ましからざるものと思っていたであろうことを考えると、二階に上がるのを制止しなかったことによって第一審原告恵美子または訴外日出子の黙示の承諾があったものとみることはできない。)、このように京都店の店舗部分とは区分された居宅部分である二階へ上がる行為自体は、質問検査に応じるよう説得を続けるための立入りであって質問検査権の行使そのものとはいえないとしても、居住者の拒絶の意思に反して右居住部分に立ち入ることが許されないことは明らかであるから、N及びFが第一審原告恵美子または訴外日出子の承諾を得ないで二階へ上がった行為は、社会通念上の相当性を逸脱した違法な行為であると解すべきである。また、前認定にかかる国税調査官らの行為のうち、N、R、M及びKが二階へ上がった各行為についても、第一審原告恵美子または訴外日出子の承諾を得たものと認める余地はなく、Fの右行為と同様、違法と解すべきである。

そして、右国税調査官らの二階に上がった各行為がいずれも違法である以上、これに続いて行われた二階での国税調査官らの質問検査権行使としての税務調査は、違法に立ち入った場所における質問検査権の行使であることから、相手方の承諾の有無を問うまでもなく、いずれも違法であると解すべきものであり、仮に、右税務調査として二階で行われた個々の行為の一部に第一審原告恵美子または訴外日出子の承諾があるかにみえるものが存在したとしても、全体として違法であると評価するのが相当であって、個々の行為の一部についてのみ適法性を認める余地はない。

更に、前認定にかかる国税調査官らの行為のうち、Kが京都店のレジの金銭調査を行った行為については、質問検査権の行使に該当するものであるところ、レジの中の現金の金額を数えるという上村の行為が介在しているとしても、上村は、第一審原告恵美子や訴外日出子とは異なり京都店の単なるパート従業員にすぎないうえ、Kから現金を数えるようにとの指示が命令口調であったため、これに従わなければならないと思って従ったものであって、少なくとも進んで調査に応じたものでなかったことは前認定のとおりであるから、第一審原告恵美子及び訴外日出子の承諾に基づかない質問検査権の行使であると認めるのが相当であり、また、Kがレジ下の引出しを二階に持って上がり、引出しの中の帳簿類の調査をした行為も、上村や第一審原告恵美子及び訴外日出子の承諾に基づかない質問検査権の行使であると認められ、いずれも違法な行為であると解すべきである。

(三) なお、第一審被告は、訴外日出子は、当初、二階には帳簿書類は一切置いていないとNらに申し立てておきながら、実際には同所に売上メモや仕入れ関係の納品書などを保管しており、さらに、右売上メモ等を第一審原告恵美子が隠匿しようとしたのであるから、これらの事情に鑑み、Nらは、質問に対する訴外日出子の答弁が正しいものであるかどうかを確認するために、二階の居室内において検査を実施する必要があったのであり、したがって、Nらの行為は適正な質問検査権の範囲内のものである旨主張する。

しかしながら、第一審被告の右主張は、Nらが二階へ上がった後の事情を、二階へ上がる行為の正当性の根拠としている点においてすでに失当であるうえ、仮に、訴外日出子の拒否の態度や第一審原告恵美子が突然に二階へ上がったことの不自然さから、第一審原告恵美子が、二階にある帳簿書類等を隠ぺいしようとして上がって行ったと疑われても仕方のない状況があったとしても、Nらは、二階へ上がる以前において、二階部分が第一審原告恵美子及び訴外日出子の居住部分であることを既に認識していたものであることは前認定のとおりであり、居住者の拒絶の意思に反して右居住部分に立ち入ることが許されないことは前示のとおりであるから、第一審原告恵美子又は訴外日出子の承諾を得ることなく二階へ上がって行ったNらの行為が社会通念上の相当性の範囲を逸脱した違法な行為であり、これを適正な質問検査権の範囲内のものであると認める余地はない。

2  唐崎店における行為について

(一)  前認定にかかる国税調査官らの行為のうち、国税調査官らが事前通知なしに唐崎店に臨場した点に違法は認められないが、Hらが、第一審原告登代子の見守る中、レジを置いた机の引出し、レジ付近の屑入れ及びレジの横の陳列篭の上においてあった大学ノートの検査を行った行為は、同店にいなかった営業主の第一審原告正治の承諾はもとより、そこにいた第一審原告登代子の承諾を得ないでなされた質問検査権の行使として違法なものというべきである。もっとも、第一審原告登代子は、Hらが唐崎店に臨場してレジ下の引出し、屑入れ、大学ノートについて検査するのを明示的に拒否することまではせず、また、その後にHらの求めに応じてレジの点検キーを押してレジペーパーを取り出し、現金との照合をするのに応じているのであって、Hらの臨場当初からの調査の全体を黙示的に容認したのではないかとみられなくもない。しかし、第一審原告登代子は、臨場したHらに対し、自分では分からないから、出直してほしい旨を述べ、その後も第一審原告登代子が分かる範囲で調査に協力してほしいとの説得と質問に対してレジの操作による事務処理について主として口頭で答えたり説明したりする程度のことはしたが、全体としてみれば調査協力には消極的な態度をとり続けたものであり、さらに、民商職員や第一審原告正治から電話で税務職員には早く引き揚げてもらうようにとの助言、指示を受けていたという状況のもとで、助言の内容と異なってHらの調査全体を容認する態度を示したと認めることは困難である。これに、レジ付近における調査継続中にされた訴外寺本の所持するバッグの検査が後記(二)のとおり訴外寺本の拒否を無視したかなり強引なものであったことも併せると、Hらによるレジ下の引出し、屑入れ、大学ノートについての調査は、第一審原告登代子の承諾を得ずになされたものであり、社会通念上の相当性の範囲を逸脱した違法なものというほかない。なお、その後にHが第一審原告登代子にレジの点検キーを押させてした調査は、後記のとおり、同第一審原告の承諾を得たものといえるが、証拠を総合しても、同第一審原告がこの承諾によってその前にされた調査を追認したものと認めることはできない。

次いで、前認定の、Hが、第一審原告登代子に依頼して、レジの点検キーを押させてレジの小計を出させ、レジペーパーの提出を受けて、これと現金との照合をした行為の適法性について検討すると、前認定の事実によれば、Hの右調査は、いずれも第一審原告登代子の右レジの操作等の行為を介して行われており、同第一審原告の点検キーを押すなどの行為の外形から同第一審原告の承諾の下に行われたものであると推認されるのに加えて、前認定の事実によれば、第一審原告登代子がレジの点検キーを押してHの右調査を可能にした行為は、同第一審原告が心待ちにしていた第一審原告正治からの電話がかかってHらからの心理的圧迫感がかなり除かれた状態のもとで、ある程度時間をかけて考慮した後に行われたことが窺われ、第一審原告登代子がHらの強制、圧迫に屈して右承諾をしたとはいえないから、Hの右調査の部分は、第一審原告登代子の任意の承諾に基づく質問検査権の行使として適法であるということができる。

(二) 一方、前認定にかかる国税調査官らの行為のうち、Wが訴外寺本のバッグを点検した行為は、Wが訴外寺本に対して同女の所持していたバッグの検査を要求し、それを訴外寺本が繰り返し拒否したのを押し切って、Wは半ば強引にバッグを取って中を開け、在中物を調べたというものであって、その行為の態様だけをみても、訴外寺本の承諾のないままに行われたものと認められるものであるうえ、女性のバッグの内容物、特に手帳の中身などは、一般に他者には知られたくないもので、プライバシー保護の要請が特に強いものであるから、Wの右行為は、社会通念上の相当性を欠くものであり、違法な質問検査権行使の行為であると解される。

(三) これに対し、Hが第一審原告登代子のバッグの中を検査した行為は、Hが、レジの横の棚にあるバッグが第一審原告登代子のものであることを知って、その確認をさせてほしい旨を第一審原告登代子に申し出たのに対し、同第一審原告は、確かにいったんは検査に強く難色を示したものの、同第一審原告のプライベートなものは除いてバッグの中を見せてくれればよいとのHの言葉にしたがって、同第一審原告が女性用品を取り出した後、バッグをHに差し出したのを受取り、バッグの在中物を検査したというものであることは前認定のとおりであり、訴外寺本のバッグの場合と異なってHが第一審原告登代子から強引に取り上げたといったこともなく、また、Hが第一審原告登代子のプライバシーの保護にもそれなりの配慮をしたといえるから、第一審原告登代子のバッグに対する検査は、同第一審原告の任意の承諾に基づく質問検査権の行使として適法の範囲内にとどまっているということができる。

3  その後の不法行為について

(一) 国税調査官らは、平成四年三月三〇日の調査後、下京税務署、国税庁や大阪国税局に対する抗議や請願が第一審原告正治らから続いている期間中も、京都店または唐崎店に一〇回程度臨場したこと及びその各臨場の際の具体的状況は前認定(本判決理由第二、三1の(一)ないし(二)、以下において、右(一)の臨場を呼称する場合には「臨場(一)」といい、他の臨場を呼称する場合にも同様の例とする。)のとおりである。

右臨場のうち、臨場(一)及び臨場(九)の二回を除いては、事前通知なく臨場しているものであるが、事前通知のないこと自体は、前示のとおり、違法となるものではない。そして、臨場回数が多数回に及んだことについては、第一審被告側からみれば、納税義務者である第一審原告正治本人に直接面会するため(臨場(一))、帳簿書類の提示を求めるため(臨場(一)、(二)、(三)、(五)、(六))、多額の資産形成の経緯の説明を求めるため(臨場(二))、青色申告承認の取消しの説明のため(臨場(四)、(七))、青色申告承認の取消しの手続に当たっての帳簿等の提示できない正当事由の有無の確認のため(臨場(八))、新しく交替した税務調査担当者による帳簿書類の提示の説得のため(臨場(九)、(一〇))、修正申告に応じる意思の有無の確認のため(臨場(二))等、その必要性及び理由があることは認められるものであり、これらをもって違法とすることはできない。

この点につき、第一審原告正治は、当審における本人尋問に対し、これらの多数回の臨場は税務調査に名を借りた嫌がらせである旨供述しているところ、第一審原告正治の心情としてそのように感ずるであろうことは容易に理解できるところではあるが、青色申告の承認を受けている者は、業務についての帳簿書類を備え付けることが義務付けられており(所得税法一四八条一項)、その税務調査において右帳簿書類の提示を拒否する場合には青色申告承認が取り消されることもあり得るものであって、課税庁及び税務担当者としては、青色申告の承認を性急かつ安易に取り消すことなく慎重に対処して、調査の過程、経過等を説明しながら粘り強く帳簿書類を提出するよう説得する努力をすることが要請されるものであり、帳簿書類の提出を拒み続ける第一審原告正治に対しての臨場が多数回に及んだことは止むを得ない措置であったものといわなければならない。なお、前認定によれば、第一審原告正治は、国税調査官らから帳簿書類を提出するように求められたのに対し、課税当局が平成四年三月三〇日に行われた税務調査を違法調査であったと認めて謝罪すれば帳簿書類を提示する旨主張していたことが認められるが、国税調査官らの違法行為の存否及びこれに対する謝罪の要否は青色申告者の帳簿書類の提示義務とは自ら別個の問題であって、これによって、第一審原告正治が帳簿書類の提示を拒否し得ると解する余地はないから、第一審原告正治の右主張は採用できない。

また、前認定によれば、Aは、臨場(七)に際して、第一審原告正治が不在であったため、唐崎店レジ付近において、第一審原告登代子の面前で、帳簿書類の提示がない場合には青色申告の承認が取り消されることなどを記載した右注意書を店中に聞こえるような大声で読み上げたものであるところ、Aが右行為に及んだことの必要性及び合理性については疑問がないわけではないが、右行為が社会通念上相当な限度を逸脱したものとまで認めることはできない。

(二) 国税調査官らは、平成四年三月三〇日の調査後、第一審原告正治の運転する車に対する尾行を行ったこと及びその具体的状況は前認定のとおりである。この点に関し、原審及び当審証人Hは、右尾行は追跡調査として行ったものであり、第一審原告正治の取引には仕入先との現金取引が含まれているため、仕入先の把握のために必要であった旨供述しているところ、前認定の国税調査官らによる臨場調査等に対する第一審原告正治の対応等からみて、同第一審原告の仕入先の把握のための反面調査の必要があったことが認められ、右の尾行はその反面調査の方法として行われたとするHの右供述は措信し得るものであり、したがって右の尾行は第一審原告正治に対する単なる嫌がらせとして行われたものではないといえるから、第一審原告正治において国税調査官らに尾行されていることに対する不快感が強かったことが窺われることを十分考慮しても、右の尾行が社会通念上相当な範囲を逸脱したとまでいうことはできず、これを違法とするまでには至らないと解すべきである。

第四  請求原因3(二)(第一審原告らの損害)について

一  第一審原告正治

第一審原告正治は、京都店及び唐崎店を経営する者であるところ、国税調査官らの京都店及び唐崎店における前認定にかかる違法行為は第一審原告正治に対する税務調査の際に第一審原告正治の家族及び従業員に対してなされたものであるから、右違法行為によってその名誉、信用を害され、精神的苦痛を被ったものであるが、本件における違法行為の内容、程度、その他本件に表れた諸般の事情を総合考慮すれば、第一審原告正治に対する慰謝料は五〇万円をもって相当であると認められる。

二  第一審原告恵美子

第一審原告恵美子は、第一審原告正治に対する税務調査の際、国税調査官らから受けた違法行為の内容は前認定のとおりであるが、要するに、京都店二階の住居部分に自己や訴外日出子の承諾がないまま、国税調査官らに入室されて、タンス内部やベッドの下の引出しなどを検査されるなどしたという重大なプライバシー侵害を被っているのであって、第一審原告恵美子の受けた精神的苦痛が大きいものであったことは容易に推認されるところであり、第一審原告恵美子に対する慰謝料は三〇万円をもって相当であると認められる。

三  第一審原告登代子

前認定によれば、第一審原告登代子は、国税調査官らから同第一審原告の承諾を得ないで違法な調査を受けた部分があるが、もっぱら同第一審原告のみにかかる個人的な法益侵害まで受けたといえないことは前示のとおりであるから、同第一審原告に対して慰謝すべき損害はない。

なお、唐崎店における国税調査官らの訴外寺本に対する違法な調査及び第一審原告登代子の承諾なしに調査がなされた部分についての損害は、唐崎店の経営者である第一審原告正治についての損害額判断の一事情として斟酌するのが相当である。

第五  証拠の採否に関する第一審原告らの主張に対する判断

民事訴訟の証拠調手続においては、裁判所は、不必要と認めるものを除き、当事者の申し出た証拠のすべてを取り調べることを要し、そのうえで、証拠の信用性等についての自由な心証に基づき、取り調べられた証拠の取捨選択を判断するものであって、刑事訴訟の証拠調手続における、証拠調べの範囲、順序及び方法を定める証拠決定手続や、取り調べた証拠の全部または一部を排除する決定手続を予定するものではない。

したがって、当審に提出された乙第一五ないし第一八号証に関する第一審原告ら主張にかかる事情は、事実認定に際しての証拠の証明力の判断に際して十分に考慮されるべき事情であり、現に当審においては、右乙号各証は客観的資料及びそれによって窺える客観的事実と一部符合しないところがあって、その証明力は十分でないと判断し、本判決において右乙号各証を事実認定供用証拠として掲記しなかったものであるが、民事訴訟事件の書証についてはそれ以上のことはできず、第一審原告ら主張のように、書証提出の申出の却下や証拠排除決定をすることはできないというほかない。

第六  結論

以上によれば、第一審被告は、国賠法一条一項に基づき、前認定にかかる国税調査官らの違法行為によって第一審原告正治及び同恵美子の被った損害を賠償すべき義務があるから、第一審原告正治及び同恵美子の本訴請求のうち、第一審原告正治に対し五〇万円、同恵美子に対し三〇万円及びこれらに対する本件不法行為の日である平成四年三月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、第一審原告正治及び同恵美子のその余の請求並びに第一審原告登代子の請求は失当として棄却するのが相当である。

よって、(1)第一審原告正治の請求に関しては、そのうち三〇万円とこれに対する遅延損害金の支払いを求める部分を認容した原判決主文第一項についての第一審被告の控訴を棄却し、その余の請求を棄却した原判決主文第三項中の同第一審原告に関する部分を、同第一審原告の附帯控訴に基づき、本判決主文第一項のとおり(右三〇万円と遅延損害金に加えて)二〇万円とこれに対する遅延損害金の支払いを求める部分を認容し、その余を棄却する判決に変更し、(2)第一審原告登代子の請求に関しては、これを棄却した原判決は相当であるから、同第一審原告の控訴を棄却し、(3)第一審原告恵美子の請求に関しては、そのうち三〇万円とこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余を棄却した原判決は相当であるから、第一審被告の控訴及び同第一審原告の附帯控訴はいずれも棄却することとし、(4)訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条、六五条一項に従い、(5)仮執行宣言及びその免脱宣言につき同法二五九条一項、三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岨野悌介 裁判官古川行男 裁判官杉本正樹)

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